魔よけの効験があるとされ、旗、屏風、掛け軸として飾ったり、
屋根の上に鍾馗の像を載せたりすることもあります。
端午の節句にも五月人形の隣に飾るご家庭もあるのではないでしょうか?
髭面でむさ苦しくてこわ~い顔をしていて、閻魔様みたいな風貌ですね。
実際に閻魔様と勘違いされることも多い鍾馗様ですが、まったくの別人です。
それにしても、こんなに怖い風貌の人形をどうして端午の節句に飾るの!?
なんて思っている方も、結構いらっしゃるのではないでしょうか?
じつは…鍾馗様には、ちょっと悲しいセンチメンタルなお話があるのです。
鍾馗様の伝説は、古代中国「唐」の時代にさかのぼります。
当時終南山という地に錘馗という青年が住んでいました。
彼は高級官吏となるべく都へ出て、
試験を受け見事トップ合格して「状元」という称号を受けます。
ところが、髭面 で大男の彼は人相がとっても悪かった為に、
謁見した玄宗皇帝に怖がられ、状元の称号を取り消されてしまいます。
絶望した錘馗は自殺してしまうのです。
—-でも鍾馗様は、神様となって大切に祀られることになります。
その後、玄宗皇帝はマラリアにかかり、病の床につきます。
高熱に浮かされる中で皇帝は、自分に取り憑く多くの悪鬼を大鬼が現れて退治する夢を見ます。
皇帝が夢の中で「お前は誰だ」と尋ねると、自分はあの鍾馗だと言うのです。
そして、自分は官吏の試験に落ちて絶望して自殺したが、
手厚く葬られたのでその恩に報いるため、
天下国家の災いを除くことに執心しようと誓いを立てました。と述べます。
夢からさめた玄宗皇帝は、不思議と病気が全快していました。
皇帝は自分の短慮を深く後悔し、急いで画家を呼ぶと夢で見た鍾馗を描かせました。
そして皇帝は、自分の命を救ってくれた錘馗を今後は神として定め、祀ることにしました。
以来錘馗様は、受験の神様・疫病除けの神として祀られるようになります。
右手に破魔の剣を持ち、左手で八苦を抑えて、
周囲をにらむような怖い表情で見渡す錘馗様。
でもその実は、大変な努力家で高級仕官の試験をトップ通過するほど頭のいい人
そして手厚く葬られた恩を忘れない、情深い優しい人だったのです。
そこから端午の節句では、赤ちゃんを病魔から守り、
頭が良くなるようにと受験の守り神として鍾馗様を飾るようになったということです。