日本の五節句について~端午の節句

日本には「五節句」といって季節ごとに健康や繁栄を祈念する行事があります。先日、桃の節句編ということでお伝えしたので、今回は端午の節句編です。
お節句の由来を知っていただき、季節の行事として楽しむとともにぜひご家族の健康やお子様の成長を祈念するきっかけにしてほしいと思います。

 ●日本の五節句

人日(じんじつ)/陰暦正月七日「七草がゆ」
上巳(じょうし)/陰暦33日「桃の節句」
端午(たんご)/陰暦55日「端午の節句」
七夕(たなばた)/陰暦77日「七夕祭り」
重陽(ちょうよう) /陰暦99日「菊の節句」
99日の重陽の節句はなくなりましたが、他のお節句は現代まで伝わる行事

端午の節句の由来

■端午の節句は、おおもとは平安時代から

端午の節句の起原は、古代中国に遡ります。
古来より中国では、物忌みの月(5月)には厄払いの行事が盛んに行われていました。
端午の「端」は文字通 り「はじ/最初」の意味で、「午」は「うま」つまり端午とは、五月の最初の午の日に行われると言う意味です。最初は必ずしも五月五日ではなかったようで、午と五のゴロが同じことからこの行事は、やがて5が重なる重五の日、つまり5月5日に大切な厄払いの日として定着します。日本でも奈良・平安時代には五つの節句(人日・上巳・端午・七夕・重陽)が取り入れられ、当時五節句は貴族の間では、それぞれ季節の節目の身のけがれを祓う大切な行事として、よもぎ・菖蒲などの薬草を摘みに野に出て、その薬草を臣下に配ったり、悪鬼を退治する為に馬から弓矢を射たりしたそうです。(流鏑馬の原型ですね)
その中の一つ「端午(たんご)の節句」が後に「子供の日」となります。

■端午の節句は菖蒲の節句

古代中国では、端午の節句の日に人々は蘭の湯に浸かり、薬草である菖蒲酒を飲み、その菖蒲で体のけがれを祓って健康と厄除けを願いました。この行事が、後に日本の宮中から鎌倉の武家社会へと拡がります。特に武士は菖蒲を「尚武=武をたっとっぶ」とかけて、5月5日を尚武の節目の行事とし、盛んに端午の節句を祝うようになります。やがて江戸時代に入ると、幕府は5月5日を重要な日として定めます。5月5日には、大名や旗本が式服でお祝い品等を携え、江戸城に出向くようになります。これ以降、武家に男の子が生まれると、門前に馬印(うまじるし)や幟(のぼり)を立てて男児誕生を衆々に知らせお祝いました。当時、男児の誕生はとてもめでたいことでしたから。これらの風習は、やがて裕福な庶民の間へと拡がりを見せます。庶民は、幟旗を立てることは許されていなかったので代わりに鯉のぼりをあげるようになります。やがて庶民は、端午の節句に、鯉のぼりだけでなく紙の兜や人形を作るようになり、武者人形などに発展していきました。

■端午の節句は、身のけがれを祓う災厄除けの行事です。

端午の節句は、男の子の厄除けと健康祈願のお祝いとしての行事が、庶民の間にも定着して行ったお祝いです。ですから単なるお祭りではなくお七夜やお宮参りと同じく男の赤ちゃんのたくましい成長を願う行事、いうなれば鎧兜や五月人形や鯉のぼりは、赤ちゃんに降りかかろうとする災厄や魔物を除けてくれる魔除けであり、災厄除けの守り神のようなもの。気持ちの問題ですが、省略せずにきちんとお祝いしてあげてください。
それに草萌える季節、清々しく空晴れ渡る子供の日のお祝いというのは、子供達にとって、とっても楽しいもの。初節句だけでなく、毎年お祝いしてあげてほしいものです。

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